無名の庶民
JR信濃町駅の近くに通称「無名橋」という橋がある。同じ名前の橋は全国にいくつもあるよぅで、「無名」という"名が有る"とは何とも面白い。
その場は自動車が通れない小さな橋だが、多くの歩行者や自動車に乗る人々が利用している。"この橋がなかったら困る人がたくさんいるだろうな"と思うと、この橋の存在そのものに十分な価値があり、立派な名前などは、むしろ不要かもしれないとさえ感じた。
先日、東京・信濃町の会館で首都圏フェニックス大会が開催された。原発事故等の影響で福島県内外に避難した「うつくしまフェニックスグループ」の友が集い、大会前後には再会を喜び、それぞれの地での奮闘をたたえ合う、麗しい光景が見られた。
同グループの友は皆、"無名の庶民" である。しかし、この友らの存在と活躍は、東日本大震災と原発事故からの復興のシンボルそのものであり、一人一人の勝利の実証が、実存を雄弁に物語っている。
限界のないことを意味する言葉の「無限」、尽きないことを表す「無尽」・・・・「無」には"ここまで"という制限がないとの意味合いもあるのだろう。"どこまでも福光の道を歩んでいく!"ーーー未来へ希望の橋を架ける友のが心意気が頼もしい。